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決して交差する筈がなかった
今は 少し 触れ合うだけ。
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真神学園旧校舎地下にて。戦闘中。
濃くて、重い気配が場を支配している。迫りくる気配に最小限の動きで最大限の攻撃をしていく。
此処は、死が近い所。
闇の住人が住まう場所に彼らは足を踏み入れているのだ。
10人程度で編成された面子は、その領域を慣れた様子で進んでいた。 その中核であり、先陣を緋勇龍麻が駆ける。
生死を賭けるような戦闘を経験して一年満たないとは到底思えない、鮮やかで迷いない動き。
転入当時から少し長めだった漆黒の髪が半月を描いていく。
彼女―久条色―は双子の片割れのそれを視界の中で見ながら、安堵する反面酷く哀しい気分になる。
彼は、宿星の導きを受け入れた。しかし同時にそれはもう戻れないところまで来ている事を示している。
結局、亡き人々の願いは果たされなかった。けれどきっと「悔いなどないよ」と彼は笑うだろう。
人を魅了してやまない、あの笑みを湛えて。
潔い程の生き方に、良く育ったと思う。だから応えるように目の前の敵を的確に倒す。
己が取るべき道なら、とうの昔に選んでいたから。
其れを果たす為――彼女もまた迷いは、ない。
受け持つのは入口と彼等の間を阻む敵の存在。
一つ間違えば味方の背後を取られる事になる。
向けられる殺気は3つ。
容赦など、しない。
脚に力を込める。
下に下に降りていけばいくほど巨大化していく敵には正直辟易するが、見かけ通りの強さに、見かけ通りの属性。
闘いの場でありながら少しだけ苦笑がもれる。余りにも彼等は素直なのだ、恐らく人よりもずっと。
西洋が描く竜に似たソレは、重い尾を振り回そうと体を傾ける。
その視界の変動を利用して背後に回り、右脚を竜の脇に捻じ込み氣の綻びに衝撃を与える。
鳴く竜に構わず、次に己の背後にいるであろう敵への攻撃へと体勢を転じる。
恐らく久条に向けて正面を向いているであろう色彩の違う竜の動きを氣の流れで把握し、一方で慎重に、しかし迅速に捻じ込んだ右脚を戻す。そしてその反動を利用してそのまま背後へ回し蹴る。
しかしあくまで目的は不意をついて動きを止める事。
威力は無きに等しく致命傷にはならない。
だが、敵の動きはもう止まっている。後は後一撃を食らえば、先程と同じ悲壮な鳴き声が響くだろう。
半回転をした右脚が大人しく地面に付き、次の命を待ち構えている。
応えるように、間髪入れず次の動きへ転じる。
久条の入れた蹴りの為に竜が僅かに上体を前傾させた。
其れをまるで知っていたかのように、久条が右脚を垂直に天へと伸ばす。
重い図体であるにも関わらず、氣を乗せた「力」の強さに負けて空中へ飛ぶ。
殺気が消え、一気に空気が落ち着くのを感覚で確認すると、落ちるのを確認する事無く、久条が後ろを向いた。
瞬間。
ガンっ と鈍い音を立ててもはや意識のない竜の図体が側方へ飛ぶ。
音に驚き久条が其方を見ると、側方へ飛んだ竜の上に違う色の竜が折り重なっている。
二体とも、息絶えたのかすぐに激しい音を立てて跡形もなく消え行く。
入り口に最も近く、久条から最も遠い敵を視界に入れ警戒しつつ、竜とは逆の方を見た。
濃い紺の制服を纏った青年が、無表情に蹴りあげた足を戻している。
一瞬目が合う。
しかしすぐさま外れ、青年―壬生紅葉―は体勢を立て直す。
何かを言おうとしたが、この場には不釣合いな気がしてやめた。
そうして視線を外しかけた瞬間、視界の端で壬生が、そっと右腕で左腕を持った。
些細な違和感。
何がと言われれば困るような、そんな違和感。
その動作は、余りに自然過ぎて戦闘に専念している殆どの者の眼には止まらない。
猜疑に誘われるように氣を、探る。
それはちいさなちいさな、綻び。
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戦闘終了後。
その異変の存在は、最後まで誰にも知られることはなかった。
本日のノルマを達成して、皆で傷の治癒等を行っている時でさえ、彼は隠し通そうとする。
決して痛みを伴わない物などではないだろうに。
「頑固者」そう心の中で呟いて、久条は密やかに眉を潜めて人に聞かれないように溜息を吐いた。
「気づかなければよかったかな…」
「そうでもない」
壬生の代わりとでもいうように返答を返したのは、少し先に地上へ続く階段を昇っていた緋勇だった。
「龍麻…」
「気づいてくれてよかった。壬生は、あまり顔に出ないから」
「………………………じゃあ龍麻、後はお願い」
「嫌」
即答だった。上に居るにも関わらずに御丁寧にも久条の服を小さく引いて牽制までしている。
「……仲間は、大切にするものでしょ」
「そうだよ。だから、色」
―-――――――――――頼んだ。
そう言うと彼は微笑みを浮かべる。
何も知らない話題の渦中の彼はきっとまた、いつもするような怪訝な顔をするのだろう。
けれど結局色には見捨てることなど出来ないのだ。其れを知っているから緋勇は双子の片割れに託す。
「……仲間想イデスコトデ」
そう、嫌味を込めて言うのに。
「よく言われる」
そうして陽の龍は美しく微笑み、宣告を下す。
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| ※ |
帰宅前。
いつものように、一日が終わる。
「それじゃ、また」
緋勇達と過ごす日々は、確かに非日常ではあるかもしれない。
しかし当事者となった今では、それこそが「日常」と化して違和感など掻き消されてしまう。
今日も殆ど日課に近くなっている旧校舎を潜ったところだ。
「あ、待って。………壬生さん。」
けれど今日はほんの少しだけ、変化が起こった。
ひとつ、酷く今日は気が散っている事。
ふたつ、そのせいで僅かであるが不覚にも傷を負ったこと。
みっつ、久条色が、
「一緒に帰ろう?」
前代未聞の申し出をしてきたこと。
嫌がらせ以外に理由が思いつかない。
彼―壬生紅葉―には久条の誘いを断れなかった。正直な気持ちとしては断りたかった。
断るつもりだった。いや、断る気でいたのだ。言い切ってもいい。
けれどもこの異様以外言いようのないこの光景を前にして、目を点にして壬生と久条を凝視している仲間の目。
出来るだけそれらから早く逃れたかった。
「どのみち帰る方向は同じなのだから」そう自分に言い聞かせて、
久条の言葉を何とか受け入れ壬生は先に歩き出すことで視線からの逃亡を図った。
我に返った仲間の視線が爽やかなものと嫉妬の入り混じるものであった、とは思いたくない。
久条を見ると、彼女は少しだけ諦めた笑いを浮かべていた。
話を戻そう。
壬生に一緒に帰ろうと誘った筈の張本人は、月しか浮かばない空を見ながら壬生から数歩離れた場所を歩いている。
空を見ながら歩いているにも関わらず、器用に物にも人にも躓く事もない。
話す訳でも、何かする訳でもなく、ただ歩いているだけ。
「気まぐれ」その一言が脳裏に浮かんで、壬生は小さく溜息を吐くとほんの少しだけ歩を進めようとした。
しかし冷静になって考えると、巻き込まれた感があるが今回の件は彼女の行動としては珍しい。
余程の事がない限り、基本的に余計な口出しはしない。一歩後ろで、離れた場所で此方を伺っている。
こんな暴挙を行ったことなど一度も聞いたことはない。
何故だろうかと、疑問が浮かんだ瞬間
「あ」 空を見ていた久条が急に声を上げた。闇に満ちた空間で煌々と輝く月を闇色に染まった雲が隠す。
実に残念そうな顔をして、そしてようやく久条が壬生を見た。
「見せて」
女性にしては少し低めの声が、滑らかに夜闇を渡る。しかしその言葉の内容は前後の脈略が一切ない。
「……何を」
怪訝に壬生が問うと、久条は壬生に負けず劣らず顔を顰めた。
「傷」
「…知らないね」
そういう壬生に大きな溜息で返した久条は自分の左腕のある部分を右手で指した。
場所は、壬生の傷のある場所。
そうして右手を、壬生に出した。
「君には、関係のない事だ」
「………それで構わないから、見せて」
久条は差し出した手を決して引かない。膠着状態が暫く続き、動きを見せたのは久条。
その声は先程の少し呆れた声ではなく、何時もよりも低く静かな声。
「"傷つくな”、それは言わないし言えない。あの子が選んだ道が生半可なものではように、貴方の選んだ道もそうであることは、解らなくても、知ってる。」
久条が感情を押し殺した声で説くように、乞うように、壬生に語る。
雲が過ぎ去り月が再び顔を見せる。その月明かりは久条の顔に影を作り、表情を隠してしまう。
「……………せめて治せる傷ぐらいは、治しなさい」
酷く小さな声が、静寂に響く。
引き返せないものがある。取り戻せないモノがある。
いつしかついた幾つもの傷痕は今日負ったものよりももっと深く、もっと酷だ。
壬生にもそれを彼女が解かるとは思えない。同じくらい壬生には久条の事が解らない。
けれど、掠れたような声は泣いているようで、しかし不思議な強さがそこには在り、有無を言わさぬ何かがあった。
壬生は、言葉では返さなかったが、傷のある腕を久条に伸ばすことで応えた。
相変わらず表情は分からなかったけれど、氣の動きが伝える。
久条は、微笑んでいた。 いつもの苦みに満ちたそれではなくて。
「ありがとう」
何に対しての礼であったのだろうか。けれど壬生には問い質すことは躊躇われて、彼女をただ観察するように観た。
真神学園生徒会長や某看護婦が持つような癒しの力とはまた少し違う治癒の方法。
緋勇が自身の躯を整える為のものに限りなく近く、傷から久条の氣が流れ込む。
異物が入ってきているはずなのに、酷く満たされた気分になる。
輸血される人は、こんな感覚を味わっているのだろうか。
壬生は非日常な光景をただ見つめながら、そんな事を考えて
そしてその思考を自身で理解した瞬間、不意に居心地が悪くなった。
「壬生さん?」
緋勇に似て非なる氣は、緋勇よりも柔らかく、そして少し冷たい感じがする。
夜闇よりも穏やかな氣に包まれて、肩の力が抜けいくのが分かった。
ただ壬生に触れる指先だけが、冬の風に晒されていたためか、冷え切っている。
「…冷たい」
「?……あぁ。すぐ、終わるから」
久条は一度壬生に視線を向け、壬生の視線の先にある自分の指先を見て、納得した顔をした。
「少しだけ我慢して」そう少し目を伏せて囁くように言う。
そんな声さえ鮮明に聞こえるほどに、二人の立ち位置は近い。
「いいよ」
壬生が紡いだ声は意識して出したものではなかったけれど、不思議と同じ温度の声が出た。
それを聴いて、壬生に見えないように俯いたまま久条は微笑み
冷えた指が触れるか触れないかの距離で、壬生の既に消え去った傷痕を撫でた。 「…はい、おしまい」
温度が離れ、距離が離れる。
何故だか、冷たい冬の風が先程よりも冷たく感じた。
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「送るよ」
瞬間、言葉の意味が分からないように久条が固まる。
「……………………は?」
「借りは作らない主義なんだ」
「…律儀だね」
浮かんだ彼女の笑みは、雲に包まれながらささやかに光る月に似ていた。
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※後書※
彼らが強く感じるのはきっと沢山の後悔を知っていて受け入れれるから。彼らが弱く見えるのはきっとその後悔が人よりも、ほんの少しだけ多いからだと思うのです。
(紗夜ちゃんが出る予定でした。嫉妬話が不思議な温度話に。最近の私にはコレぐらいの温度が書きやすいようです。)
[ 公開日/書いたひと ] 2008.July.30 / 鵜飼 千晴。
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